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死の準備

コメントを頂きありがとうございます。

過去の記事に遡って見ていました。ここの記事は何日か前に読み終えてましたが、コメント入れるにはもう少し勉強してからと思っていました。今日再びブログを訪問し、前回どこまでよんだかなぁと辿ってたら、またこの記事で目が留まりました。やっぱり今感じたこと書こうと思います。

兄がターミナルケアで東京の大学病院で人工呼吸器をつけたのは16年前です。
当然意識はないのですからある時期、病院側から外したいとの申し入れが家族にありました。私も姉から打診されました。

私の当時の考えは呼吸器を外す事には反対でした。
外す事は死を意味しました。(自発呼吸じゃないので、既に死であったとしても、そう思えなかったのです)

賛成するという事は兄の死を自分の手で・・・・と同じ意味合いでした。
(今考えると、 単なる私の我儘で自分がかわいいだけの結論だったのかも)

しかし、それはただの確認だけであって、本人が死の準備等する余裕もなかったのなら、その決定は伴侶に任せるしかないと思いました。末期癌患者の看病は大変です。
実際携わっている人の事を考えれば、意に反していたとしても認めざるを得ないという事です。

今、自分が癌患者になって一番思うのは痛みの緩和だけはして欲しいということです。眠るように死ねたら幸せでしょうね。痛みを我慢している兄に「我慢しないで」と言ったら、「そうだな」と言ってた事が思い出されます。

あまりにも突然の事で何の対処も出来なかった兄ですが、気持ちはよく分かります。
無念の気持ちがあると死の準備など出来ないのではないでしょうか?

最近の話ですが、老人ホームのお年寄りが自分の遺影を撮ってもらっているニュースがTVに映ってました。明るく死の準備をしてました。皆さんきっと十分に生きたと、悔いなく生きたと思っている方達なのかなと思いました以上が今現在の私の偽らざる気持ちです。私はまだまだ生きる!

[返答]

死の準備はとても簡単なことでありません。とくに末期になると死生観が変化するとも言われています。元気なうちに、患者自身がどのような死を迎えたいかを考える機会をもつことが大切です。

無念お気持ちがあると死の準備ができないのか。明確な答えはありませんが、死生観は病気の重いときに話すことではなく元気なときほど考えやすいものだと思います。

元気だと、多くの人は告知してほしい、痛みをちゃんとしてほしい、助からないなら無駄な治療はしてほしくないと答える方々が多いですね。

医療従事者の立場からすると家族に人工呼吸器をはずすかの同意を求めるのはとんでもないと思います。まさに仰るとおりで家族への責任が重すぎます。家族が考える必要なのは、患者が元気なら本人が何を望んだろうかだと思います。何をしてあげるかではないのです。この違いがわかるでしょうか?

一番多いのは家族の思いと患者自身の思いが完全にずれていることですね。これが日本もアメリカも末期のがん患者をくるしませてる一つの要因ですね。

コメント

皆さんのお話しを聞いて

先生からお返事をいただいた後、いろいろ考えました。
自分の気持ちは決まっていましたが、家族と死について話し合うというところまでは気持ちが固まっていなかったというか、そこのところは気付いていませんでした。
もんもんとした気持ちをどうしようもなく、自分のブログともう一つの場所にここの記事を載せました。
勝手にごめんなさい <(_ _)> 

いくつかコメントが入ってました。
皆さんとのやり取りで突然気付いたんです。目から鱗だった。
癌で亡くなる事ばかりじゃなく、突然のアクシデントで意識が無くなる事もあるんだと。
元気な今、自分がその時を迎える時どうして欲しいか伝えておくべきだと。
そして、家族と話し合う事、両親の事も今のうちにきちんと確認とらなくてはと思っています。
その日は兄の17回忌の法要で家族、親類が集まる時にしようと・・・・。(今年です)
家族も癌患者の私から切り出さなくては、話しづらい事だと思いますから。

先生、皆さん私が思っていた以上にきちんと家族の方と話し合っていた事に正直驚きました。
私も、そしてコメントを入れて下さった皆さんも、このように考える機会を与えていただいた事に感謝しております。
近いうちにブログの中で皆さんの意見を載せるつもりです。
皆さんには了解を得ていますので。
これからブログを見て下さる方が私のように色んな方の意見を読んで、自分なりに考えていただければと思います。
コメントを入れていただいた方のブログにチームオンコロジーの紹介がありました。
ブログってすごいですね!
でもここの場所にコメントを入れるのはためらいがあるような。
ずうずうしく入ってきてる私は何者でしょうか? (*^_^*)

そうですね。考えている人もいれば、考えてない人もいてるでしょうね。ずうずうしくなんか全然ないですよ。(^-^)

最大の問題は医療従事者が自分の死をあまりにも考えてないことです。特に新人の時に自分がどのような死を迎えるかは研修項目あるいは学生教育の必修にするが大切だと思います。

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プロフィール

チームオンコロジー(上野直人)

Author:チームオンコロジー(上野直人)
米国で腫瘍内科医をしています。日本のがん患者さんと医療従事者にMDアンダーソンがんセンターにおけるチーム医療をしってもらい、よりよく「がん」という病気に取り組んでほしいと思ってこのサイトをたちげました。

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