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日本の医療の運命を左右する学生教育

万波医師の医療行為をみると色々と考えさせられる。彼の医療行為に憤りを感じる。また、「目の前に患者が居るので助けたかった---、だから---をした」という発想に納得いかない。一見いいようだが、エビデンスと倫理を無視した暴走にしか思えない。同じような態度で医療行為を行う医療従事者がいてるのは周知の事実である。これは何故か、学生教育を見直す必要があるのでないか?このような医師を生み出した教育を見直す必要がある。倫理高い能力ある医師を育てるのは私達医師の義務である。

「どんな医師になりたいか」
この質問を学生に投げかけると様々な答えが返ってくる。多くの学生は能力のある(優れた)医師になりたいと答える。ただ能力のある名医は「良い医者」とは限らない。でも現実には患者向けの名医ランキングが盛んだし、世間一般ではこれにちやほやする傾向がある。すごく間違った考え方だ。例えばがんの名医ランキングといっても、その医師1人でできていることじゃない。その医師の周りにはスタッフがいっぱいいるわけで、その病院のランキングを表わしているのかもしれない。患者は名医を求めるよりも、トータルなチーム医療で病気を治療してくれる病院を求めなければいけない。また、私達大学で勤めるものは、学生教育において、「名医になる」というスタンスよりも、「チームの一構成員として、チームをリードできる医師になりたい」と教育した方が将来的にはいいのではないか。多くの大学教育ではこのチームの一員になることをどのように教えるかで悩んでいます、また、これはアメリカの医学教育でも大きな問題である。

チームをリードできる医師が学ばなければならないことは何でしょうか?最新の医療を知識として持つのはいいけれど、絶対に学ぶ必要があるのは、エビデンスの高い標準療法である。その標準療法はどんなエビデンスに基づいているのか、あるいは絶対やってはいけないとされる療法のエビデンスは何なのか。その中間(エビデンスが明確でない)が存在するときには、例えば治療法の効果の根拠を調べて、そこからどうコンセンサスをとるかを決めるべきなのか。代替療法もおなじである。これは代替療法を否定するのではなく、エビデンスレベルを吟味して患者と共に、代替療法を進めるかコンセンサスを取る必要があることを指している。

つまり、コンセンサスのプロセスおよびそのコミュニケーションまでを含めて、病院あるいは大学は学生に見せなきゃいけない。教科書を読むと、すべての治療方針がズバリと決まりそうな気がするけれども、現実はそうじゃない。教授、上司、オーベンの鶴の一声で方針が固まっていくのか。それとも、エビデンスに基づいてディスカッションして、どうしても意見が一致しないときには社会的背景や患者の希望を考慮して決めているのか。学生はそのコンセンサスづくりのプロセスまで教える必要がある。

コメント

 しばらくUPがなかったので、気になっていました。 きっとお忙しことだと思います。
 先生の、おっしゃられる通り医療提供者側でのシステムが有効に機能していれば、今回のようなことも違った方向に動いていたことだと思います。
 実際、日本で移植を受ける側・日常透析という行為を受けている側としては、<死体腎移植の、あまりの少なさ>に辟易しています。 そこには、透析で儲かる医療施設とそれにつながる政治家たちとの癒着がありありと存在しているのです。 
 今回の事件を期に、そのことが少しでも問われてくれればと願いましたが、どのマスコミもお上が怖くて触れませんでした。
 捨てられる<有用な腎臓>が存在する以上、M氏の取られた行動は判るような気がします。
 米国でも、何年何十年と移植が受けられない患者はいるのでしょうか?
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プロフィール

チームオンコロジー(上野直人)

Author:チームオンコロジー(上野直人)
米国で腫瘍内科医をしています。日本のがん患者さんと医療従事者にMDアンダーソンがんセンターにおけるチーム医療をしってもらい、よりよく「がん」という病気に取り組んでほしいと思ってこのサイトをたちげました。

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